吉数字

 ラッキーな状態というものは、複数の要因によって成立すると私は思っているのですが、具体的に考えてみるとどの様な要因が重なり合うと発現するのか思いつくままに書いてみたいと思います。たとえば、人生を変えるような人との出会いとか、思いかけず望みのポストに昇進したとか、起業して努力のすえに経済的な成功を手に入れたとか、あまり期待していなかった作品がヒットするとか、この他にも様々な幸運がこの世には存在します。

 さて、これも先日黒門先生との会話の中で気づきを得たことなのですが、複数の小さな要因が重なり合って作用というか幸福という現実が実現するのです。
 風水の鑑定においても、毎度書いていますが、複数の技法を検討し、その複数の技法が数多く合致した場合効果の発現はやはり早いものです。昔のコラムにも書きましたが風水では168という数字自体に吉象の意味があります。それを援用して携帯電話の番号を吉で揃えたり、数字そのものが描かれたアイテムを身の回りに置いてみたりするのですが、これもやはり一つだけでは弱いでしょう。なぜ一つだけだと弱いかというと、やはり重なりが無いからです。また、その一つだけに意識が向いてしまい携帯電話等の場合にはかかってくる電話にのみ吉作用を探してしまう心の傾向性を作ってしまうと思われるのです。目的は何かということを考えてみれば、それは手段であって目的ではありません。目的に向かって吉とされるものを大切に少しずつでも重なりを付けなくてはなりません。
 例えば、お財布一つを取って考えても、カード入れが7ポケットと8ポケットの二種がある場合には私なら迷わず8ポケットを選びます。車のナンバーにしても168のいずれかの数字が目立つナンバーを選択します。電車を待つホームに書いてある車両ナンバーも1か6か8の前に立ちます。しかし、車でどこに行ってどんな仕事をするのかは努力ですし、電車に乗って行き着いた先での行動も努力です。山手線の8号車に乗ってくるくる廻っていても良いことは起こりません。しかし目的がある行動に吉象を付け加えることによりラッキーは訪れます。

 身の回りには良いと思われることを積極的に取り入れ、あとは目的に向かって行動する。私の周りの成功者は、車のナンバーを慎重に選びます。しかし決めた後はそれに囚われません。風水は使うものであり、使われてはいけないのです。